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2009.10.30 草競馬

「馬肥える秋」と言うわけではないのでしょうが
この時期、各地で馬に関わるイベントが行われる
ようです。
代表的なのは、お馴染みの流鏑馬なのですが

長野県佐久市では、11月3日に県内外の人が参加して
草競馬が行われるようです。
佐久市のホームページによるとポニー、農耕馬
、サラブレッドなどたくさんの馬が参加してたくさん
の観客の見守るなかで熱戦を繰り広げるとのこと。
どんな感じなのかとても興味深いです。

本物の競馬の方は、今週末に秋の名物レース
天皇賞が行われます。
注目は、前走のレースで圧倒的一番人気で敗れた
ウオッカの巻き返しが注目です。


by どいhttp://www.city.saku.nagano.jp/kankou-k/sightseen/event14.html
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2009.10.25 菊花賞
3歳馬の最後の3冠レース菊花賞が京都競馬場で本日行われました。
結果は、人気馬総崩れの波乱のレースになりました。
昔から競馬ファンの間では、菊花賞は本当に強い馬が勝つと言われて
いますが、終わってみれば勝った馬が本当に強かったのかもしれません。
菊花賞といえば、83年に菊花賞を制したメジロデュレンが先日老衰の
ため亡くなりました。
乗馬ライフの誌面で先日紹介したばかりなので、なにか複雑な思い
です。

個人的な話しですが、自分が競馬にはまった時期もメジロデュレン
が現役の頃なので、余計思いいれが強いです。
いまの現役の競走馬と比べると、この頃の競走馬のほうが個性的
な馬が多かったように思います。
逃げ一辺倒の馬とか後方一気の馬とか。だから余計記憶に残って
いるのかも。
その頃はまわりにも競馬ファンも多かったような。
最近の競馬人気の凋落の原因は、スターホースが少なくなったのが
一番の原因だとは思うのですが。


byどい
2009.10.16 愛宕神社その2
前回ブログで紹介した愛宕神社の石段の馬登り
の件で書ききれないエピソードがあったので
追加で書きます。

石段馬登りを大正時代(1925年11月8日)に
成功させた軍人岩木利夫。
彼がなぜこんな無謀な挑戦をしたかといえば、陸軍参謀
本部の馬丁の職にあった彼には「平形」(8歳のサラ
ブレッド)という愛馬がおり、愛馬が引退して廃馬にされ
てしまうということを耳にし、「この馬の真価を天下に知
らせたい」と石段上りを決行したと言われています。

ちなみに、その年に愛宕神社の隣りでラジオ放送を始めた
NHKが馬での階段上りの模様を生中継したとのこと。
「上り」が成功したところで、「下り」もあることを
臨時ニュースで知らせたところ、たくさんの見物客が
愛宕神社に殺到したそうです。
(そういえば上りがあれば下りもあるわけですね。
下りの方が恐怖心が増すんじゃないかと思います)
日本初の実況生中継は、馬の階段上りだったって言う
のも驚きです。



この人馬の話は美談として参謀総長から昭和天皇にも伝えられ「平形」
は廃用を免れ、騎兵学校の将校用乗馬に転用され天寿を全うした
そうです。
命をかけて決行した「階段上り」に挑んだ岩木の思いはここに実を結ぶこ
ととなりました。

う~ん、人馬に歴史ありです。

by どい 1.jpg
2009.10.15 愛宕神社
東京に住んでいると、東京にある観光スポット、名所
(ベタなところでは東京タワーとか)は行かないん
ですが、そんなベタな観光スポットを訪ねる企画が
結構うけているんだとか。

それで、東京にある馬にまつわるスポットのひとつを
紹介してみたいと思います。
そこは東京港区にある「愛宕神社」です。
で、どこが馬と関係あるかと言うと神社のシンボルにも
なっている境内につながる急な石段(出世の石段)をなんと
江戸時代に馬で登った強者がいたそうです。


そのエピソードを同神社のホームページからの抜粋で紹介
します。


その由来は講談で有名な(っていっても近頃は知らない人の方
が多いけれども)「寛永三馬術」の中の曲垣平九郎(まがき・
へいくろう)の故事にちなみます。
時は寛永11年、パパンパン(ってこれ、講談の張扇です)。
江戸三代将軍、家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣
のお帰りに、ここ愛宕神社の下を通りました。
折しも春、愛宕山には源平の梅が咲き誇っておりました。
家光公は、その梅を目にされ、
「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」
と命ぜられました。
しかし、この愛宕山の石段はとても急勾配です。まあ、一度いらしゃって
みて下さい。歩いてのぼり降りをするのだに、ちょっと勇気が必要なのに、
馬でこの石段をのぼって梅を取ってくることなど、とてもできそうにあり
ません。
下手すれば、よくて重傷、悪ければ命を落とします。せっかく江戸の平和
の世に、こんなことで命を落としてはたまりません。
家臣たちは、みな一様に下を向いております。
家光公は、みるみる機嫌が悪くなってきます。
もう少したてば、怒りバクハツ!というそのときに、この石段をパカッ、
パカッ、パカッとのぼりはじめた者がおりました。
家光公。その者の顔に見覚えがありません。
「あの者は誰だ」
近習の臣に知る者はありません。
「おそれながら」
「おう」
「あの者は四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがき・へいくろう)と申す者
でございます」
「そうか。この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、まことにあっぱれである」
平九郎は見事、山上の梅を手折り、馬にて石段をのぼり降りし、家光公に梅を
献上いたしました。
平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして
全国にとどろいたと伝えられております。

以上がエピソードを紹介した文面ですが、同神社によると江戸時代以降
この石段の馬登りにチャレンジして成功した人が実際にいるそうです。
* 明治15年・石川清馬(セイマ。宮城県出身)
* 大正14年・岩木利夫(参謀本部馬丁)廃馬になる愛馬のために最後の花道をつくった)
* 昭和57年・渡辺隆馬(タカマ。スタントマン)

なんと勇気のある人たちでしょうか!


by どい
0stair.jpg
2009.10.09 馬とのつどい
横浜にある根岸公園は昔根岸競馬場があった
ことで知られていますが、園内にはいまも
馬の博物館や乗馬施設があり、近所に住む
人の憩いの場になっています。
17日に「馬とのつどい」なるイベントが行われる
ようです。


以下、馬の博物館のHPからの抜粋です

○「馬とのつどい2009」
馬に接し、人と馬とのふれあいを体験できるイベントを数多く予定しております。
今年は、岩手県の国無形民俗文化財にも指定されている伝統芸能「チャグチャグ馬コ」
や、「ホースダンス(アンダルシアンの演技)」、「軽乗の演技(馬の曲乗り)」
さらに恒例の「馬の試乗会」、「乗馬服試着コーナー」など、様々な催しを開催いた
しますので、皆様お誘いあわせのうえ、お越しください。多数のご来苑をお待ちして
おります

http://www.bajibunka.jrao.ne.jp/U/U01.html

追伸、先日紹介した青い目の競走馬チェリーソウマが
今週の中山競馬場で行われるプラタナス賞に出る
ようです!!

by どい
2009.10.05 誘導馬
競馬を見た事のある人にはお馴染み
の誘導馬。
競走馬が、コースに出てくる際に
競走馬を先導するあの馬です。

今月の25日に京都競馬場に行われる
3才馬のグランプリレース菊花賞に
なんとあの吉川晃司さんが芸能人として
はじめて誘導馬に乗ることが今日のニュース
に掲載されていました。
ニュースによれば吉川さんを起用した理由といえば、
菊花賞(きくかしょう)と吉川(きっかわ)をかけて
一種の語呂合わせのようです。

吉川さんと言えば本誌2009年9月号でも
紹介されたように乗馬が趣味だそうです。
もともとは、時代劇の撮影のために乗馬
をはじめて、今ではその魅力にはまって
いるとの事。

菊花賞といえば伝統あるG1レースのひとつ
で、テレビでも放映されます。
これを機会に乗馬が注目されるといいですね。


by どい
2009.10.02 これが
これが青い目をした競走馬
チェリーソウマです。

珍しい風貌ですね。

※写真はネットから掲載しました

by どい

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2009.10.01 青い目の馬
この夏、中央競馬でデビューしたチェリーソウマ号
(すでに一勝)が話題になっている。
何が話題かというと、その個性的なルックスだ。
ハイソックスを履いたような四長白と呼ばれる
足の部分と、顔全体が真っ白な白面もさること
ながら、両目の瞳の部分が青い瞳なのだ。
この青い瞳は「魚目」と呼ばれ統計的には
この20年間生産された生産馬約25万頭のうち
この魚目の馬は0.01%の割合だということ。
この青い瞳は、通常の黒目の部分に色素が少ない
ためで目の機能には何の問題もないとの事らしい。

その実力も新馬戦勝ちをして、重賞レースを
2着する実力の持ち主で今後がとても楽しみ。

そういえば乗馬ライフ10月号のカレンダー
の馬も魚目です!!

by どい

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